折伏スゴロク

自分と友人が幸せになる折伏

修羅界 冥伏(みょうぶく)

過去の話になりますが、信心をしていても
自分が本気で変わろうとしないと、変われるものではありません。

自分でも気づいていなかったこと
私の修羅界は最悪でした。

結婚してから、急に出てきました。
というか、今まで出せる相手がいなかったのかも。
妻に対しての安心感からか、愛情とともに持っているもの
すべてが出てしまった。

結婚数か月で、切れたら物をこわす。扇風機・時計・携帯電話・その他
目の前で見ていた妻は、本当によく我慢してくれました。

もー離婚されていても、しょうがないヤツでした。
しかし、妻はそんな私を簡単には見捨てませんでした。

やってしまった時は、ホントに自分が嫌で
おもいっきり反省をしました。超自己嫌悪でした。

しかし、時間がたち、喉元を過ぎてしまえば
私は妻に甘えて、また同じ修羅界の繰り返し
なかなか自分を変えることが出来ませんでした。

結局、家の中は他人からは見えません。
私がもし変われたとしたら、妻に離婚された時だったのかもしれません。

ですが、運よくといいますか、
修羅界を99%撲滅できるきっかけが訪れました。
それは、ある地域に引っ越したことです。

引っ越した先は、とても近所付き合いが頻繁で
地域の家庭状況や噂話が、嫌でも入ってくる地域でした。

その時、私は思いました。
このままではいけない。信心しているのに
家で物を壊す音や夫婦喧嘩をしょっちゅうしてたんでは
創価学会の看板にキズをつけてしまう。法を下げてしまうと。

私は、精神的に絶体絶命の状況におちいりました。
ご本尊に祈りながら「絶対に絶対に変わらなくてはならない」
と本気で決意をしました。

それからは、私は何かの原因で嫌な気分になったときは
まずは「深呼吸」をするようにしました。
怒りは血圧や心拍数が早くなるという理由から
それを安定させることに努めました。

それでも怒りが収まらないときは、家を飛び出して
車の中で、自分の怒りが収まるのを待ってみました。
時間が経つと、ほとんどの怒りが収まるのを実感することができました。
だいたい、これで8割がた怒りが収まるようになりました。

自分の心をコントロールするというのは本当に大変でした。
口では「心の師」を自分の中に作ると言っていながら
実際には、自分の本性の方が勝ってしまう。

そして、その中でも究極の怒りが何度か出たことがあります。
もう本当に「怒り心頭」というヤツです。
その修羅界を倒すには、深呼吸でも車の中でもできませんでした。

そして、最後はやっぱり、ご本尊の前に座っていました。
お題目をあげ自分で自分を諭す。何度も自分と対話をする。
「オレは、これでいいのか?」と自分と闘いました。

この頃には、小さな怒りが出た時は、自分が何で怒っているのかを
説明できるぐらい冷静に話すことができていました。
創価学会の信仰は、「お願い信心ではない」ということを
あらためて体感しました。

そして、どうにか、こうにかと、自分を自制し続けました。
そして、引っ越してから3か月ぐらいしたころに
妻が、「最近、あなた怒らなくなったね」と言ってくれ。
自分をコントロールできるようになっていることに
気づかせてくれました。

結局、この妻の一言が決定打となり
私は、「怒らなくなったんだ」と
自分で「自分を肯定する」ことができました。

この瞬間に、私の生命の一念が「怒らない自分に変わった」と
決定したのです。
それからは、私は怒らない自分が当たり前になりました。
お題目と妻の言葉で、最悪の自分を変えることができました。

本当にありがたい。感謝しかありません。
学会で鍛え上げられた婦人部の妻、法を下げてはいけないという
御書の一節とお題目のおかげで、私の一凶を禁じることができました。
何度も言いますが、本当に信心ってありがたいです。


追伸
最悪の自分であったからこそ言わせてもらいます。
私のような修羅界、または酒乱・その他配偶者を
悲しませる行為をして反省している方がいましたら
強い意志と信心で克服して頂きたい。
振り返って思うことは、
「習慣を身に着けるテクニック」が
自分のクセを治すことに役立ったと思います。
3か月続くと習慣になると言われるように
私でも出来ました。
とくに最初の1か月が大変です。
さらに最初の1週間が大変でした。
もっと言えば、今日決意してからの
最初に、事がおこったときの克服がめちゃくちゃ大変です。
最初の1歩を踏み出すことに、全力を尽くしましょう。
確実にどちらかへ進んでいきます。
もし、最悪の方向に進んだとき、その先に何があるかを想像して下さい。
「それだけは絶対に嫌だ」というものを想像してみてください。
そのことを回避するには、乗り越えなくてはならないものが
あると分かります。

 

折伏にも役立つ恐怖

普通は恐怖というものはできれば避けたい。
考えたくない。記憶から削除したいものです。

ですが、人間は「欲望」と「恐怖」だったら
恐怖の方が、行動を起こしやすいのです。

喜びを得るためか、痛みを避けるためか
・食べたいけど我慢はできる。
・旅行も来年に持ち越すことができる
しかし
・車の保険は入っておかないと大変です。
・今痛ければ、後で病院に行こうとは言えない。
恐怖こそが行動を後押ししてくれるのです。

学会指導では
題目は「福運をつけることができる」
折伏は「宿命を転換することができる」
折伏は「境涯革命をすることができる」と言われています。

福運をつけるだけで満足な方は
いっぱい題目をあげる。祈る。

しかし、どうしても乗り越えたいものがある場合には
折伏をすることが、最短コースということになります。
どう考えても折伏はしたほうがいい。

折伏をしたかったら、あえて自分の宿命を見つめる。
このまま行ったら、どんな恐怖が待っているのか?
これだけは乗り越えて人生を全うしたいというものがある。

折伏という行動をしなかったときに
将来起こるかもしれない最悪の恐怖を想像する。
既婚者なら「離婚」
不規則な生活を自覚しているなら「癌」
人間関係の崩壊、将来の夢の挫折、リストラ
実際何がおこってもおかしくはありません。


私の修羅界冥伏も、絶体絶命の恐怖と向き合ったからこそ。
その恐怖をパワーにして「何としても乗り越える」と
決断したからこその、目標の達成でした。

恐怖をじっと見つめて、逆に味方にする。
行動を起こすための原動力にする。
どっちにしても、折伏はやったもん勝ちです。

 

 

最後までお読み頂きありがとうございました。