折伏スゴロク

自分と友人が幸せになる折伏

折伏ができるようになる方法2

今思うとですが

昔(?年前)は、あっちでもこっちでも折伏が決まっていました。

最近はどうでしょうか?

いろいろあるとは思いますが、どっちにしても折伏はできています。

創価学会の流れがある限り、折伏の前進は止まることはありません。

 

どんな折伏の達人でも、人間が赤ちゃんから成人するように

最初からできた人(自分でやろうと決めて、全て自分でやり切った人)はいません。

この信心に巡り合うこと自体が、人とのご縁からです。

友人・知人であったり、両親であったり、縁に触れて発心したはずです。

創価学会があるからこそ、信心の軌道からズレないでいることができている。

と思います。

 

この創価学会という組織は、善の生命が渦巻いています。

会合に行って、そこで折伏の体験談を聞いたりすると

「よし、自分もやろう!」と決意できます。

創価学会という組織あっての、最高の環境だと思います。

 

それでも、折伏ができない。

私も、会合とかで決意はするのですが

完全に「折伏をする」というギアにはチェンジすることができない。

 

理由はわかっています。

自分の生命が、皿回しの皿になっているからです。

会合で幹部が一生懸命に、「折伏をしましょう」というと

「そうだ!」となる。

でっ、家に帰ると2時間もすると「なんだっけ?」に

なってしまっている。

 

折伏精神」という皿を、幹部の情熱で回してもらっても

だんだん回転が鈍くなって、2日もすると皿が落ちている

もしくは「折伏をするぞ」と掛け声だけで、回す棒に

ひっかかっているだけだったりする。

こんなんじゃ折伏なんてできるわけがない(と自分を戒める)

 

また、話は戻りますが、昔はなぜ折伏がバンバンできていたかと

考えると、私の答えは、「縁に触れっぱなしだったから」だと思います。

 

昔は、大きな会合でも「折伏の体験」、地区の座談会でも

折伏の体験」、壮年・婦人・男女青年部、誰もが折伏をしていました。

友人も参加していました。

 

折座(折伏の現場)があると聞くと、先輩が同席するために呼びに来た。

入会勤行会に行って、みんなで祝って大歓喜の縁に触れていた。

 

折伏はできて当然の空気だった。(懐かしい)

その代わり、出来ていないとメチャクチャ焦る。幹部の目が怖い。

ちょっとでも魔が入ると、吹き飛ばされて、完全に退転状態になる人も

続出していた。あの時代はなんだったんだ?

 

もし、このブログを読んでいる方が、私と同じく

折伏の自家発電機(自分で決意してブレずに折伏をやり切れる生命)が

生命に内蔵されていないのでしたら、

折伏の炎を点火してもらうことから、始めなくてはなりません。

また、その火を決着の日まで燃やし続けていなくてはなりません。

 

折伏ができる組織はスタートが速い。法戦からの切り替えが速い。

強い、ファーストペンギンが何人もいる。(先駆の人)

ファーストペンギンの意味:

群れで行動するペンギンの中で、魚を獲るために一番先に海に飛び込める勇気あるペンギンのこと。

 

最初に折伏がガツンと決まる。私のようなその他大勢が

「やっぱり折伏はやればできるんだ」とその気になる。確信する。

「今○○君と対話しています。」「もう一歩で入決です」

「友人から悩みを相談されています」「明日会いに行きます」

あっちでもこっちでも、ワイワイしだす。

組織のギアも、個人のギアも勇猛精進の勢いにチェンジ!

もう、だれも止められない。こうなりたい。

 

折伏ができるようになる方法とは?

もう私の答えは、何度も書いてある通りですが

「縁に触れつづけること」以外にないと思います。

万が一にも、自分の組織において折伏の熱が弱かったら

勝手につながりのある幹部に相談して

折伏の現場や入会勤行会にお邪魔させてもらうしかない。

折伏の大歓喜の臨場感、生命と生命の駆け引きを全身で感じれば

「絶対に折伏をする」という決意が最速で湧き出てくるのでは?

 

 あとは、行動を起こすこと。自分自身で「やると決める」こと。

たった一歩前に進むこと。ゼロを1にすることが最重要かと思います。

 

折伏するぞ!」と長が決意したら、空気が変わる!一念が変わる!

組織は当然のごとく唱題会や

先輩と紹介者のペアでの行動

折伏セミナーへの声かけ運動

いろいろな縁が用意される。

 

全ては祈りからスタートすることで

これらの環境も諸天善神にすることができる。

 

完全に、自分のために書いてしまいました。

やるんだ!自分!