折伏スゴロク

自分と友人が幸せになる折伏

備忘録

自分専用のメモ

 

すべては必然 意味がある

宇宙の法に繋がって 全てを祈りで自在に動かす

己心の魔 見破り律する心の師

身口意で 善を積み上げ三世の勝利

全生命 すべての諸天よ入りたまえ 

死は一定 池田門下の使命を果たさん

 

 

○自己暗示・自分自身の心得文

すべては必然 意味がある
宇宙の法に つながって 全てはうまくいっている
批判せず 人に尽くして 心は豊か
生きてるだけで幸せに すばらしい時をありがとう
家族と師匠と同志のみなさん ありがとう!
忍辱の 鎧で祈って諸天にする
己心の魔 見破り律する 心の師
身口意で 善を積むのみ 仏法対話
宇宙は 思考を叶えてる だからいつもプラス思考
私は宇宙の中心軸 祈りで宇宙を 自在に動かす
我が生命 すべての諸天よ入りたまえ
全同志 全ての諸天よ入りたまえ
寝ても覚めても 全て題目で切り開け
死は一定 池田門下の使命を 果たさん


○自己暗示の意味

●すべては必然
宇宙も自然も人生も、すべて目に見えない力が働いて
結果となって現れている。
そのことに気づくか気づかないかだけのこと。
偶然と思うか必然と思うか。

自分は今このときに、この姿で生まれてきたのは
なるべくして成った。
自分に起こるいろんなこと、家族・地区のみなさん
地域・人間関係、自分の性格、ありとあらゆる現象は
すべて宇宙の法則に噛み合った、歯車の回転のように
出来上がっていることと捉えていく。

しかし、その流れに漂うのではなく
その歯車を動かせば、自分に関わる全てが
噛み合ったまま、自在に動く。

自身の一念で思い通りになる。
目の前にある悩みも、全ては自分の求めていたもの。
自分が境涯革命するために予定していたものと
受け止めて、必然と納得する。

そして、それを思い通りにできることも必然。
自由自在であることが必然だという気持ちで
「すべては必然」と書いた。


●意味がある
「どうして?」という言葉は
納得いかないときに出てくる気持ち。
だいたいは嫌なことに対しての気持ち。

そこを、すーっと受け止められる境涯になりたい。
「すべてに意味がある」それも前向きな意味が。
意味を外に求めるのではなく
自分の信心のエネルギーになるように受け止めてこそ
「意味があった」となると思う。

いつもそう受け止められる自分になりたい。
まずは小さいことを何度も乗り越えて
最後はスーパーサイヤ人的な
とてつもない境涯のバージョンアップをしたい。

●宇宙の法に つながって 全てはうまくいっている
そのまんまの思い

信心をやり続けて来て、振り返って思うことは
気づかなかったけど、全てはうまくいってたんだと
実感しています。
創価学会のシッポにぶら下がっていても、これだけの
幸せを感じることができる、仏法はすごすぎる。

●批判せず 人に尽くして 心は豊か
批判とは、愚痴や文句のことです。
生産性のある意見は批判ではないですよね。

人に尽くすとは、身口意でつくすことだと思います。
真心の声かけも、ちょっとしたお手伝いも、善意の募金も
全部尽くすことでは。
その身口意の奉仕の結果として、心が豊かになると思います。
福運がつくということですね。ということは、相手の幸せを祈ることも
最高の福運ですね。学会員ならだれもが知っていることです。

●生きてるだけで幸せに すばらしい時をありがとう
「生きている」というだけで幸せを感じることができたなら
もう毎日が幸せ、一瞬一瞬が幸せだろうなとの思いから。
こうなったら、朝起きた時から、幸せ100%ですよね。

寝るときには、「今日一日すばらしい時間でした。ありがとうございます」
と感謝して、明日を楽しみに寝ることができる。

●家族と師匠と同志のみなさん ありがとう!
この気持ちを忘れない、当たり前のように毎日感謝をしたい。

●忍辱の 鎧で祈って諸天にする
ちょっとやそっとのことでは、微動だにしない人になりたい。
そして、どんな人をもご本尊に祈れる、相手を諸天善人にする
祈りの達人になりたいとの思いから。

●己心の魔 見破り律する 心の師
どのタイミングで魔が来るかわからない。
油断していると、すぐに本性が先に出てしまう自分に
「すぐそばにいつも池田先生がいるぞ」と、「魔を魔と見破れ」と
いつも自分を律すことのできる自分でありたい。

●身口意で 善を積むのみ 仏法対話
自分自身の日頃の振舞い・真心の言葉・心の基底部をどこに置くか
善の行動の積み重ねが、仏法対話であり、折伏につながるとの思いから。

●宇宙は 思考を叶えてる だからいつもプラス思考
いつも同名天・同生天が宇宙に報告していることを自覚するため。
自己肯定・生命の基底部を最高にするため。

●私は宇宙の中心軸 祈りで宇宙を 自在に動かす
池田先生の詩を凝縮したつもり
「祈り それは、あきらめない勇気だ。
自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は変えられる! 必ず!”。確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り それは恐怖の破壊なのだ。悲哀の追放なのだ。
希望の点火なのだ。運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。
自らを信じよ! 卑下するなかれ! 
卑下は仏法への違背だ。胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り それは我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包まれていた自分が、宇宙を包み返し、
全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。
人間は人間――その人間の可能性の扉を
次から次へと開いていく『鍵』が祈りなのである。」

●我が生命 すべての諸天よ入りたまえ 全同志 全ての諸天よ入りたまえ
池田先生のスピーチの一部を凝縮したつもり
「自身の生命に 梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!
全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に
梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!
こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。
これが生命変革の「祈り」である。「信仰」である。
人間革命への“秘伝”である。

●寝ても覚めても 全て題目で切り開け
これも池田先生のスピーチの一部を凝縮したつもり
「私は祈った。先生(戸田先生)のために。学会のために。
激闘の中で祈り抜いた。
もう寝ても覚めても題目。歩いていても題目。
車の中でも、電車に乗っても、時間さえあれば、すべて題目。
ただただ、題目を抱きしめて、この世の残酷な苦難をはね返し
命を賭して、切り開いていったのである。

●死は一定 池田門下の使命を 果たさん
この言葉通りの人生を歩みたい、歩むという決意・誓願です。